「22日夕方、01年の皐月賞馬で、昨年のリーディングサイアーに輝いたアグネスタキオン(牡11)が、繋養先の北海道安平町・社台スタリオンステーションで急性心不全のため死亡したことがわかった。」
http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=37421&category=D
久しぶりに背筋がすぅぅっとなる感覚を覚えました。あまりにも早い死に驚くばかりです。そして残念。これからの日本競馬を支える大種牡馬の1頭だっただけに。
アグネスタキン。
アグネスタキオンには本当にいろんな思い出があります。私の中でサイレンススズカ、アグネスタキオン、ディープインパクトの3頭は別格なんです。
中でもタキオンはちょうど高校時代が重なったこともあって、友人とのやりとりの思い出も重なります。あのときほど友人同士で競馬に熱狂的で、競馬の勝負に対して純粋に心からワクワクしたときは後にも先にもないでしょう。クラシックの舞台で、タキオン、ジャンポケ、クロフネの3強がいて、中でもタキオンが最強だと信じて競馬を見ていた、なんとも言えない感覚。友人同士でタキオンが強い、ジャンポケが強い、クロフネが強い、なんて言いあって楽しんでいたあの時間。
一番のレースはラジオたんぱ杯なんですが、実はあまり言われない大雨の後の弥生賞も好きです。タキオンを恐れて出走馬がたった8頭。どろどろの馬場の最後の直線でどんどん差を広げる姿をテレビの前で見ていて、この馬は史上最強じゃないかと強く感じました。
そういうこともあって、屈腱炎を知った日の自分の行動さえも鮮明に覚えています。
タキオンは、私が競馬場で初めて写真を撮った馬でもあります。引退が決まった後、どうしてもタキオンの姿を撮っておきたくて、祖父にコンパクトカメラ(もちろんフィルム)を借りて、雨の引退式へ行きました。
今見るとその写真はひどいもんですが。写真のひどさも手伝って、その後すぐに一眼レフ(フィルム)を買いました。そうやって、競馬を撮ることに徐々にはまっていったんです。
タキオンは、そういうきっかけをくれた馬でもあります。
私の写真の腕も、随分と上達したものです。
・アグネスタキン(2001年9月、引退式)

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・アグネスタキン(2004年9月、社台SS)

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・ディープスカイ(2008年9月、神戸新聞杯、父アグネスタキオン)

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競争生活だけでなく、種牡馬生活も短命だった彼。今は、残された産駒から、タキオンの後を継げる大物が出てくることを願うのみ。
なんでしょうが、今は残念な気持ちが強すぎてそういう思いはあまり沸いてこないですね。